夏真っ盛りの時期、海の釣り場で見かける特異な光景があります。
それはイワシがクルクルと水面を回りながら泳ぐ光景。見渡せば1匹だけではなく周囲でも同じようにクルクル回っているイワシが何匹もいて、潮に流されるまま目の前を通り過ぎていく。
イワシがクルクルと回るこの現象、実は意外な原因がありました。
原因はガラクトソマムという寄生虫
寄生虫が神経を圧迫することが原因
寄生虫ガラクトソマム
このカタクチイワシの異常行動。原因はずばり寄生虫です。その寄生虫の名は「ガラクトソマム」。1ミリにも満たない小さな寄生虫です。
日本近海には、カタクチイワシ、ウルメイワシ、マイワシの3種が生息していますが、クルクルまわるのはおそらくカタクチイワシが大半を占めると思われます。
神経を圧迫することでイワシが異常行動を起こす
この寄生虫がカタクチイワシに寄生し、寄生した部位の神経を圧迫することであのクルクル泳ぐという奇妙な行動を引き起こします。(出典:Galactosomum sp.(ガラクトソマム) | 水産食品の寄生虫検索データベース)
はその名の通りガラクトソマム症と呼ばれ、かつては狂奔病とか、きりきり舞病と呼ばれていたこともありました。(出典:海産魚のガラクトソマム症について | 長崎県ウェブサイト)
釣り人の間では「くるくるイワシ」と呼ばれることが多いですし、知ってる人ならそれで通じるありふれた現象といえます。
目立つ動きをすることでウミネコに捕食されやすくなる
クルクルした動きは上空から見て目立つ
魚がクルクル回るという行動にもちゃんと意味があります。
このガラクトソマムが最後に寄生するのがウミネコ。寄生虫の生態において、この最後の寄生先を終宿主(しゅうしゅくしゅ)と呼びます。
ウミネコは鳥なので上空から海の様子をうかがいエサである魚を見つけるわけですが、イワシなどの青魚は真っすぐ泳いでいると青い背中が保護色になり空からは見つけにくい。しかしクルクル回るときは、特異な動きとともに側面の銀色がキラキラ輝いて見えるので目立つ。メタルジグのフラッシングと同じ状態。
しかも弱ってるから簡単に捕食できる。
ウミネコに食べられることで目的達成
かくしてガラクトソマムは無事ウミネコに捕食され、最終目的地である終宿主の体内に寄生し繁殖するという流れが出来上がるわけです。
クルクル回る行動は水温がキーになる
適水温は24度から27度
この行動が起こる適水温があって、それは24度から27度の範囲(出典:アグリナレッジ 海産魚のガラクトソマム症について)。大阪湾だと7月から9月の間ってところでしょうか。なるほど確かに暑い時期によく見るわけです。
大阪湾で釣りをしてきた個人的な経験からいうと、8月のお盆ぐらいから9月にかけてよく見かけます。水温がピークを迎えてから徐々にさがっていく時期。
ガラクトソマムの生活環
寄生虫の生活環を図示
とはいえ「俺がイワシを操ってウミネコに食べてもらうんだ!」なんていう高度な意思をもって寄生虫が行動しているわけはありません。寄生虫にそんな知能があったら恐怖です。
つまりこれは進化の過程や生存競争の末に最適化されて出来上がった生活環なわけですが、感心するほど上手くできています。
これまで書いてきたガラクトソマムの寄生サイクルを図示してみましょう。
最初の寄生先は不明だけど
ウミネコの糞を介して運ばれた卵が最初の宿主の中で幼虫になるようですが、第一宿主がどんな生物なのかはあまり分かっていないようです。その未解明の宿主を第二宿主であるカタクチイワシが捕食することで寄生されクルクル回ると。
カタクチイワシが食べるエサといえばアミエビやオキアミなど小さなプランクトン、甲殻類だとは思います。終宿主が海鳥か海洋哺乳類かの違いだけで、アニサキスに近い生活環なのかもしれません。
事実、イワシの中でもカタクチイワシのアニサキス保有率は高いとされ、食中毒の被害も比較的多くなっています。
寄生される魚はイワシだけではない
中間宿主となる魚類はカタクチイワシだけではありません。
食用魚として価値の高いブリ、トラフグ、イシダイなんかにも寄生してしまうらしく、養殖業を営んでいる方からすれば憎き敵でしょう。
いずれも生まれて間もない当歳魚、つまり0年魚に寄生することがほとんどのようで、巨大なブリが集団でクルクル泳ぐような恐ろしい光景を見ることはなさそうです。良かった…
宿主であるカマキリを操って水辺に誘い込むハリガネムシ。カタツムリの触覚に寄生してイモムシに擬態し鳥に捕食してもらうロイコクロリディウム。気持ち悪いけど、寄生虫の巧妙な生きざまには驚かされます。
くるくるイワシを釣りに応用する
くるくるイワシパターン
ルアーで攻略できるらしい
弱ったイワシというのは何もウミネコだけのターゲットではなく、魚のエサとしても有効なはずです。シーバスや青物などフィッシュイーター系の魚にすれば、容易に捕食できる格好の獲物でしょう。海中から見上げても普段と違う姿勢で泳いでいるので目立つはず。
水温24度から27度の間で発生するということは一ヶ月程度その期間があるわけで、それを狙って捕食する魚もいるに違いない。これって釣りに応用できるのでは?これに対応したルアーを作ればヒットするのでは?
なんてことを一人で妄想していたのですが、このパターンを利用した釣り方は確実にあるようです。さすが釣り人。知ってる人は知ってるし、やはりそれを利用した釣りを思いつく。
人間には寄生しないから安心してください
食べても人間はクルクルしない
人間に害はない
なお、ガラクトソマムは人間に寄生することは無いようです。安心してください。
寄生虫を生きたまま食べてしまったとしても人間はクルクル回りませんし、ウミネコに食べられることもありません。おそらくなんの害もなく消化され、アニサキスのようにお腹が痛くなることもないでしょう。
参考資料
頻発するのは温暖化が原因かもしれない
最後にこの記事を書くにあたって参考にさせていただいたサイトのリンクを掲載しておきます。東大関連のサイトと京都府のサイト。どちらも信用できるソースです。
これらの情報によると、以前は九州地方だけの風土病のような扱いだったようです。大阪湾でも普通に見られるというのは温暖化の影響かもしれません。
クルクルイワシをみたら思い出そう
夏の海でイワシがクルクルと回りながら泳ぐ原因。分かってもらえたでしょうか?
原因が分かれば不気味な光景も違って見えるはずです。イワシは可哀そうですが、夏になったらガラクトソマムを思い出してみてください。